「脱亜」の群像
大日本帝国漂流
松本逸也 著 / 四六判上製 272頁 /
税込2100円 / ISBN4-89007-150-4 C0020〔ご注文はこちら〕〔出版案内表紙へ戻る〕
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[松本 逸也のこの他の書籍 1 2 3〕「この20年、私は、秘蔵、死蔵されていた歴史的な写真を手に日本各地からアジアを探訪し、その変貌ぶりと、そこに遺る「日本の過去」を見つめてきた。写真という証拠能力に富んだメディアに写しこまれた真相に迫る旅は、時に楽しくもあり、時に日本の罪禍を再びえぐり出さざるを得ない厳しいものでもあった。
こうした中で、いつも感じていたのが、日本という近代国家成立当初の戸惑い、昂揚から、思い上がり、そして破局、失望、屈折へとつながった精神の奔流である。人間に精神の発達過程があるように、国家にも精神の有り様が存在する。老舗の商店が、会社が朽ち果て、新しい企業が誕生するように、国家や組織も老朽化する。人は、どうあがいても時間だけは超えられないものだと痛切に感じている。
私は、古い写真を通して近代史に興味を持った。本書は、幕末・明治以来、近代化をひた走ってきた帝国日本の様々な顔、そして、その表情の陰に隠されていた新事実を写真をつかって白日の下に晒し、歴史的な様々な出来事の真相に迫ってみようと試みたものである。」まえがきより
150点以上の写真とともに今よみがえる、近代ニッポンの幻想と孤立!日本の,そしてアジアの近代史、現代史が当時の写真の中から新たな様相を帯びて浮かび上がる。
検索語:日本,アジア,極東,東南アジア,近代史,昭和史,写真,記録,移民,侵略,植民地,台湾,タイヤル族,朝鮮半島,満州国,シベリア,ソ連,東洋のマタハリ,川島芳子,上海事変,ビルマ,鉄道部隊,香港返還,映画史,タイ,強制収容所,第二次世界大戦,
「脱亜」の群像 大日本帝国漂流 もくじ
まえがき
1 「海を渡った日本人たち」 ―20世紀初頭、アジアへ、アメリカへ
南方と呼ばれていたアジアへ渡った女性の多くが着物姿であるのに対し、北米へ渡った男女はすっかり洋装である。それにアジアの写真には、肩肘張った緊張感があるのに、アメリカのそれには開放感が漂う。表情にしても、アジアは能面のようにニコリともしないが、アメリカは陽気だ。共に同時代を生きた日本人なのに、どうしてこれほどまでに違いが出るものなのか。私には、そこに定義のような意識が潜んでいるように思えた。 2 朝鮮半島「開国の舞台」 ―辛未洋擾 江華島・黒船の船影再び
本家本元の清国が早々と開国せざるを得なかった状況下で、朝鮮半島が日本よりもさらに二十年余も遅れて開国したという事実を、果たしてどれほどの日本人が意識しているであろうか。それも、開国のきっかけが日本の武力行使によるものであったということを……。 3 霧社事件 ―なぜタイヤル族は蜂起したのか 侵略に隠された大罪
下関条約によって台湾をモノにした日本を、ことごとく苦しめたのは、中央山脈奥深くに住んでいた”首狩り族”であった。特に勇猛果敢で知られたタイヤル族の抵抗は激しく、日本の官憲は彼らを懐柔するために、警察官とタイヤル族の頭目の娘との結婚を政策として推し進めた。 4 シベリア出兵と「極東共和国」 ―日ソの緩衝国家はいかにしてつくられたのか
5 玉砕の島サイパン悲史 ―その侵略は500年も前から始まっていた
6 「マライの虎」と「サヨンの鐘」 ―英雄伝説はこうして作り出された
アジア、太平洋の戦況が風雲急を告げていた昭和一八年(一九四三)の夏、アジアを舞台にした日本の映画が封切られた。『マライの虎』(六月)、『サヨンの鐘』(七月)である。(中略)
名も無い普通の人間が軍部によって”愛国青年”に祭り上げられ、庶民の最大の娯楽であった映画の主人公となって国民の間に広く浸透して行く過程はほとんど知られていない。
爆発的な人気を呼んだ日本の映画の伝説的主人公は、如何にして生まれたか。7 「魔都」上海に見た日本帝国主義の幻夢 ―上海事変はいかにして起こったのか
(略)、当時の上海には、どのような人々でも自由に暮らせる”隙間”があったことを物語っている。つまり国際都市・上海はニューヨークやパリと違って、そこに住む外国人たちは、「共棲」するが「融合」しないという、いわば”モザイク都市”を構成していたのである。 8 “美貌と才気”その明と暗の生涯 ―「東洋のマタハリ」川島芳子の満州帝国
9 戦地・ありのままの素顔 ―カメラを手にした兵士と戦場に散った写真と・・・
私は、戦争写真というものは新聞社や軍当局から派遣されたいわゆる従軍カメラマンの手によるものばかりだと長年思っていた。が、なかには写真好きの兵士が鉄砲とカメラを手に戦地を転戦していた。この事実に衝撃を覚えた。 10 「南の満州国」への野望―戦うビルマ鉄道部隊 泰緬鉄道建設と旧日本軍のもくろみ
(略)戦線の拡大に尖兵の役割を果たした鉄道隊に寄り添うように、路盤建設や敷設された鉄道の保守を担当していたのが、満州では満鉄であり、ビルマなど東南アジアでは「特設鉄道隊」であった。両者はまさに二本の線路を突っ走る列車の両輪のようであった。 11 「麻帝国」の繁栄と終焉 ―かつてフィリピン・ミンダナオ島に日系の二大プランテーションがあった
12 バンブアトンという名の楽園 ―タイの鉄条網なき日本人収容所 なぜこのような楽園が存在し得たのか
私は、様々な戦犯までもを抱え込んだ、恵まれたバンブアトン収容所の存在の陰には、どうも、この時のタイ政府の変わり身の早さによる、日本への”負い目”があったからではと思えて仕方がない。 13 “東洋の真珠”が巨龍に呑み込まれた日 ―香港と中国、それは光と影 大英帝国のアジア植民地支配の終焉
あとがき